ASEAN経済共同体(AEC)が発足し、域内の中心国を担うタイにとって、さらなる経済成長を伺うチャンス。いまや、政府、行政、民間、国民生活とあらゆる場面で、どの程度のICT(情報通信技術)化を図られているかが国力の指標といっても過言ではない。そこで、ICTの根幹でもある通信事業を監督する国家放送通信委員会(NBTC)のターコーン・タンタシット事務局長にインタビューした。
TAKORN TANTASITH
ターコーン・タンタシット
1960年生まれ。ラムカムヘン大学法学部卒業後、米国デトロイトマーシー大学に留学。行政学を学ぶ。87 年首相府入省。予算局の予算解析を担当、2006 年NBTC副事務局長、12年事務局長、現在に至る。
-2015年を振り返ると、11・12月で行われた携帯電話の第4世代(4G)サービス向け電波の入札ですね
1回目の4G(1800MHz帯)を競り落としたのは、AISとTRUEです。また、2回目の4G(900MHz帯)は、同じくTRUEと新規参入組のジャスモバイルでした。4社を合わせると落札価格は、約2,330億バーツになり、世間では高額だと言われました。ところが、AISが過去に通信会社のTOT(タイ電話公社)から携帯電話の電波(免許)を割り当てられた際は、年間約1 3 0 億バーツでした。今回の4 社は1 5 年契約(900MHz)、18年契約(1800MHz)ですから、1年で割れば約100億バーツ以下となります。また、2016年第1四半期の予想では、タイで使用される携帯番号は約1億番号あり、利用者の平均額は1人当たり月約400バーツです。例えば、同200バーツと仮定して、1000万人(番号)の契約者がいるとすれば、単純に毎月20億バーツの収入となり、年間240億バーツとなるわけです。
-新規参入(ジャスモバイル)で携帯市場は、群雄割拠を迎えますね
タイの主な通信会社は携帯電話だけでなく固定回線も含んで6社です。前述の4社に国営企業のTOTとCAT(タイ通信公社)が加わります。タイ政府としては、参入企業が増えることを歓迎しています。競争原理が働き、あの手この手のプロモーションやサービス向上のための自助努力をすることで、消費者にとっては、価格が下がり、かつ、サービス品質が高まるはずです。
-携帯電話に話を戻します。本格的に4Gサービスが開始されるとどういったメリットがあるのでしょうか
政府としては、約2,330億バーツという収入を得ますので、新たな公共サービスに活用できるでしょう。また、落札業者は今後、サービスを拡充するための設備投資が進みます。ライセンス契約料や基地局の設置など、少なからず5,000億バーツ程度の投資が必要です。そうなれば、投資に関わる関連業種の仕事が増え、雇用も創出されるでしょう。あらゆる人や企業が経済効果を享受できます。さらに、4Gサービスを使った新たなサービスも生まれます。例えば、回線速度が速まり、安定することで、医療が不足する地方や離島(遠隔地)にいる患者が都心の医師からリアルタイムなネット診療を受けられるサービスが考えられます。ほかにも、地方と都市の格差を埋めるサービスが誕生するのではと期待しています。一方で、すでに始まっているモバイル端末を利用して、ユーザーが決済できる“モバイル・ペイメント”の活用が加速するでしょう。すでに、通信各社は、流通大手のテスコ・ロータスやセントラル・グループ、公共交通機関(BTS)などさまざまな業種の企業と提携し、開始しています。ほかにも、各社は利用者へのP R、例えば、携帯に2万バーツをチャージすれば、300分の無料通話を付随するといったプロモーションを行うなど幅広い用途が考えらますね。ちなみに、ある専門機関の試算では、16年~17年のモバイル・ペイメント関連市場は、数兆バーツまで拡大すると言われています。
-無線通信インフラの整備が進んでいるようですが、有線通信インフラが脆弱と言う人もいます
現在、タイにはデジタル・エコノミー時代が到来しようとしている段階です。デジタルと経済を組み合わせるためには、コストはかかるが安定性の高い有線と、安定性は有線に劣るが比較的に整備コストが安い無線に分けられます。ところが、タイの今日までの経済発展スピードが早く、通信インフラ整備が遅れているのが現状です。そこで、タイ政府とNBTCは、先ずは通信インフラ整備を進めるために、無線インフラの整備を急がせる選択をしました。今年は周波数2600MHz帯の民間との電波契約が切れ、NBTCに権利が戻ってきます。これを、タイ全土用のブロードバンド無線インターネット回線に使用する計画を進めています。これにより、全国民がハイスピードのネット環境を得るわけです。NBTCの役割の一つが、利益に結びつかないエリアへの通信インフラの整備です。企業や人が多く集まる都市や近郊は、TOTやCATが担当しています。今や、外国資本も含む企業の安定活動にネット環境は不可欠。クラウドやデータセンターを活用するサービスも増えているでしょう。そうした企業から「タイの通信インフラはまだまだ脆弱」という声も聞こえてきています。そうした声は、TOTやCATではなく、是非NBTCに送ってください。皆さんに代わって通信会社を呼び、改善するよう伝えるのも我々の仕事ですから。
2016年はタイの全国民に
高速インターネット環境を提供します
-タイのIT・通信市場に外資が入り込む余地はありますか
まだまだ、たくさんあるでしょう。日本に比べタイは、IT・通信分野で遅れています。先日、日本の総務省と共同記者会見を開きました。今後は、両国の
通信会社での交流が進み、日本とタイを行き来する際のローミング料金は下がるでしょう。インフラが整えば、コンテンツも必要となります。日本は、アニメやドラマなど多くの品質の高いコンテンツを持っています。そうしたノウハウや既存コンテンツをタイで活用してほしいですね。無線・有線を含む通信インフラのほかに、デジタルテレビ化への移行も、タイは先進国に比べて遅いんです。すべてを同時には発展できません。タイ政府としては、国民を第一に考え、まずは国民が平等なサービスを享受できるようにするのが使命です。もちろん、経済発展なくしてタイの将来はありませんので、ビジネス環境を整えるのも大事な仕事です。
-ICTの普及・発達は、同時にサイバー犯罪を生みます
仰るとおりです。国民生活、社会経済、治安など、あらゆる活動がサイバー空間に依拠している中、サイバー空間を対象とした攻撃は、近年、高度化・複雑化しています。また、スマートフォン、タブレット端末などの急速な普及、ソーシャルメディア、クラウドサービスなどの利用拡大に伴い、これらを狙ったマルウエア(有害ソフトウエア)の増加など、新たな脅威も表面化しています。そこで、タイでは、NBTC、ICT省(情報技術・通信省)、電子商取引員会の3者で「国家サイバーセキュリティ委員会」を立ち上げ、日々、セキュリティ対策を講じています。あとは、消費者=利用者に知識を植え付け、自ら予防する意識を持つことを促すのも課題です。
-4Gサービスの本格スタートで、2016年はタイにとって新たなステージというわけですね
その通りです。2600MHz帯を使った国民全員が高速無線通信(インターネット)を享受できる環境が整います。また、4Gの付帯契約には、これまでの3G料金よりも安く提供することを明記しています。従って、国民はこれまで以上のスピード回線を格安で使用できるようになります。そうなれば、新たなサービスが生まれ、雇用、経済効果にもつながるはずです。
国家放送通信委員会(National Broadcasting and Telecommunications Commission:NBTC)
前身は、国家通信委員会( National Telecommunications Commission:NTC)。通信事業と放送事業を監督する。主な業務は、政策立案及び電気通信部門のマスタープランの策定、無線周波数の利用免許付与及び規制、電気通信事業の免許付与及び規制、電気通信サービスのための標準化と技術仕様の決定、相互接続の規則及び手続の規定の策定、消費者保護の規則と手続の規定の策定、公正で自由な競争のための規定の策定。11名の委員で構成され、委員の定年は 70 歳で、任期は 6年。委員の選出は議会(上院)によって行われ、国王が任命する。