マーケットはゆるやかに拡大し続ける
社長 西岡 渉
《プロフィール》
1955年生まれ。上智大学外国語学部卒業。 1979年キヤノン入社、83〜92年キヤノンUSA、99〜2002年キヤノンヨーロッパ、02〜08年キヤノンUSA、08年キヤノンマーケティングタイランド社長、現在に至る。
「タイユーザーのための特別仕様機種を発売。それが私の目標です」
―2013年を振り返り、業績はどうでしたか?
2012年は初めて100億バーツの売上を達成した記念すべき年でした。13年は、対前年比18%増を目指していましたが、ご存知の通り、タイ経済の成長スピードの鈍化の影響もあり、残念な結果に終わりました。とはいえ、東南アジア諸国はもともと一眼レフのファンが多い地域で、そういった意味では、一眼レフに強みを持つ弊社にとっては魅力的な市場であることにかわりはありません。特に、タイ市場はユニークな地域で、文化として写真や絵を通した自己表現の好きな国民性を持つ国です。つまり、潜在的な写真愛好家が多く存在する場所柄で撮影テクニックが高まれば、代えのレンズで楽しむといった人も増えるでしょう。急成長とは行きませんが、マーケットはゆるやかに拡大し続けると思っています。―タイ市場は、他国とは違った戦略が必要ということですね
ある意味で特殊な市場だと捉えています。機種の売れ行きも初心者用ではなく、6Dや70Dといった中級機種が人気です。これも、芸術に対する意識が強いことの表れだと思います。―日本では、初心者の入門機として「EOS kiss」が人気ですが
それも今後の課題の一つですね。「KISS」は、コンパクトデジタルカメラを使っていた若年層が、結婚し、子どもが生まれたことをきっかけに、「もっとキレイに成長記録を残したい」というファミリー層が主なターゲットです。日本では、見事に当たり、新たな市場を開拓した成功例となりました。それまで、一眼レフを使ったことがない層にコンパクトにはない、写真の良さや楽しさを知ってもらうことができました。現在、タイでは写真本来のおもしろさを伝えるために、一眼レフを使った撮影講座を開いています。写真愛好家を増やし、人生の大切な瞬間を高解像度で残してもらうためです。カメラというのは、珍しい業種でプロとアマチュアが同じ機種を使うわけで、「あのプロと同じ機種が欲しい」と指名買いしてもらえる業種なんです。―タイはもう6年目と伺いました
2008年からですね。振り返れば、空港封鎖や赤シャツ騒動、洪水など赴任してから何もなかったことはなく、ある高名な方から「嵐を呼ぶ男(石原裕次郎主演映画)ですね」と言われたことがあります。―海外赴任は何ヵ国目ですか?
大学で英語を専攻していたこともあり、就職する際は、創立当初から海外展開を掲げるキヤノンを志望していました。1979年に入社し、83年に初の赴任先としてアメリカ・ニューヨークに出向しました。販売企画という立場だったので、まずは身の回りのスタッフと英語でコミュニケーションがとれなければ、何もできません。Eメールでのやりとりがなかった時代ですから、ひたすら毎日、英会話を実践で学んでいきました。その後、日本を挟み、ヨーロッパで3年、ニューヨークに戻り6年、そこからタイです。社歴の3分の2は海外ということになります。―国や文化の違いは知り尽くしているわけですね
トップという立場もあり、一筋縄ではいかないと感じることもあります。組織として、長期的に成功し続けるためには、経験したノウハウを次世代に伝えることが最も大事だと思うんです。そこで、最近、勉強しているのが個人の持つ知識や情報を組織全体で共有し、有効に活用することで業績を上げようというナレッジ・マネジメントという経営手法です。タイは、良くも悪くも情を交えた生活リズムのある国ですから、仕事においても情を挟む場合が多いですね。弊社のスタッフには仕事においては、情を挟まず客観的に判断するよう指導しています。―西岡イズムは浸透していますか?
道半ばで50点くらいでしょうか。現地化という意味では弊社は、全スタッフ約800人中、駐在員は私一人ですから達成できていると思います。その上で、組織規模に見合った売上高を目指したいですね。―家族構成を教えてください
2人の子どもは社会人となり、家族は東京、インド、タイの3ヵ所で離れて生活しています。実は、将来家族がバラバラとなることを想定して、子どもたちには高校卒業と同時にゴルフを教えました。子どもたちには、「離れても年に1度は家族で集まってゴルフをしよう。結婚相手もゴルフをする人にしなさい」と言って育てました。おかげで、年末年始はタイに家族全員が集まり、ファミリーコンペを楽しめましたよ。―今後の目標は?
東南アジアのなかで、タイがリーダーシップをとれるよう基盤を構築していきます。欧米や中国では、地域限定モデルがあります。将来的には、タイでも特別仕様のカメラを販売したいですね。編集後記 高性能なカメラ機能を搭載したスマートフォンの登場で、コンパクトデジカメ市場が縮小傾向にあるのは周知の通り。とはいえ、カメラメーカーにとって主力はあくまで一眼レフカメラ。なかでも、世界が注目する成長地域の東南アジア、とりわけタイは中間所得層の増加や自己表現が好きな国民性と相まって、魅力的な市場だという。そんな現地のユーザー志向を読み解く西岡社長には、是非ともタイ・オリジナルモデルの販売を実現してもらいたい。(北川 宏)