混迷極めた政治混乱からのスタートした2014年。暗雲立ち込めるタイの地で日系企業のトップは何を考え、どう行動したのだろうか。週刊ワイズの誌面にて隔週連載「タイの新潮流」では1年間で25人のトップインタビューを敢行。取材当時の状況を踏まえ、今年を振り返る。
首都封鎖デモに対しても静観の構えを崩さない
2013年下半期からはじまった反政府デモ。14年を迎えるとさらに状況は悪化し、年明け早々には「バンコク・シャットダウン(首都封鎖)」と銘打ち、デモ隊は都内7ヵ所の主要交差点を封鎖するという実力行使に出た。その後、インラック首相(当時)はデモ隊の要求に譲歩し、下院議会を解散。総選挙で国民の信を問うとしたが、憲法裁判所は「選挙無効」の判決を下し、タイの政治混乱は泥沼化の様相を呈していった。
当然、首都道路の封鎖や治安悪化は、観光客を減少させ、消費・投資にも影響を及ぼした。年初、タイ商工会議所は首都封鎖により1日の経済的損失は10億バーツと試算。最も影響を受けやすいのは、デモ隊が集結するエリアで商いをする企業だが、封鎖箇所近くのセントラル・ワールド内に出店するユニクロ・タイランドの西村隆寛COOは「影響は最小限です。郊外の出店を加速させているため、一部店舗の売上減をカバーしています」と過剰な反応をせず、他の日系企業もほとんどが“静観”の構えを見せていた。
業績への不安も意外にも小さかった。それもそのはず、11年に発生した洪水被害からの復興需要、政府の経済対策(補助金政策)の後押しで、軒並み12・13年と最高益を出す日系企業が続出。
設立以来、初の100億バーツの売上を達成したキヤノン・マーケティング、13年の新規契約件数が対前年比25%増となったタイ・セコム、過去最高の営業利益を見込む(14年年初当時)富士通システムビジネス(タイランド)など、日系企業の多くが好調そのもの。「デモは一過性に過ぎず、年度通しての影響は最小限に収まる」との見方が圧倒的だった。
クーデター(5月22日)で政治混乱が終息した
結局、半年以上に渡るタイの政治混乱は、軍介入(クーデター)により終結。その後は、軍首脳による暫定政権が樹立し、タイは軍事政権下となった。
ただ、世界各国が懸念を表明するなか、政権を握った軍は不安払拭にいそしんだ。クーデター直後から軍政は、政情不安を打ち消すための経済政策を矢継ぎ早に打ち出し、外国企業の投資認可を再開、消費増税の先送りなど、投資及び消費マインドの回復に力を注いだ。
治安回復が進むなか、冷静沈着だった日系企業トップの多くは、「景気低迷の底は打った」(鈴木峰夫・近鉄エクスプレスタイランド社長)と一様に、次の一手への準備を進めていた。
タイの政治混乱は、これまでも幾度となく繰り返されてきた。その度に厳しい経験を積んだ日系企業には経験値が蓄えられている。トップの頭にあるのは「タイは誰が政権を取ろうとも、経済成長重視の姿勢は崩さない」との確信。軍政への対応も、そうした考えに基づいてこそ。
軍政は、政治の混乱でストップしていた高速鉄道網を中心とする2兆バーツに及ぶ大規模インフラ整備計画や、低迷した内外観光需要回復に向けた空港拡張計画など、目玉政策を再稼働する。
こうした動きに対し、ゆりかもめといった新都市交通や新幹線などの鉄道輸送・交通システムの開発・製造に強みを持つ泰国三菱重工業の斎藤泰正社長も「日本企業連合として、ぜひとも勝ち取りたい」と意欲を見せた。
マイナスだったGDP(国内総生産)も第三四半期には前期比1.1%増、前年比0.6%増とプラスへ転じた。日本ではこれほど簡単に経済の浮き沈みを垣間見ることはないだろう。その答えも、新潮流に登壇したトップの口から聞くことができた。タイ市場はまだまだ“魅力的”だということ。経済発展によって所得中間層は増えた。ローカルの企業レベルも向上した。
可能性を秘めるタイ市場。新サービスも増加傾向
生活水準や事業の高度化が進むことで、それまでなかったビジネスが生まれ、拡大する。かつて、日本でも生活の豊かさの象徴といわれた家電製品、自動車の普及は、保険の必要性を促し、資産を保有すればセキュリティの重要性を浮き彫りにした。新潮流では、三井住友海上火災保険と損保ジャパン日本興亜インシュランスの日本の損保業界ビック3のうち2社にインタビューを実施。両者の見解は「タイの保険制度は未熟。それは発展する過程である以上、仕方なく、制度が整うと同時に市場は確実に拡大する」とまったく同じだった。
人件費の高騰や事業の高度化は、売上市場主義から事業効率化を真剣に考えるローカル企業を増やした。イニシャルコストよりもトータルコストを意識する経営者は、コンサルティングやITベンダーの力を求める。「ICTの導入で機会損失を防げば、生産性は飛躍的に上がります」(松岡靖 NTT DATA Thailand President & CEO)。
ASEAN経済共同体がエポックメイキングとなる
少し先に目を向ければ、2015年発足予定のAECがある。通関手続きの緩和などで、ヒト・モノ・カネが自由に往来できるようになれば、すでに高度なサプライチェーンを有するタイにとって、ASEAN域内でより優位に立ち、輸出基地として重要拠点になることは間違いない。タイの産業を支える自動車メーカー各社も、それを見越した生産体制を整え、自動車産業を取り巻く部品、素材メーカーも右へならえで後を追う。
そんななか、最も気を吐くのが物流業界だろう。陸ASEAN(タイ、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、ラオス)の中で、ハブとしてタイが機能することは明白。陸ASEAN域内をつなぐ複数の経済回廊=大物流網の整備が急がれる。
いわば、2015年は「物流元年」。泰国川崎汽船の石田信夫社長が「今年から来年が勝負。陸ASEANの物流市場の成長は間違いない」と断言するように、近鉄エクスプレス、郵船ロジスティクス、ヤマト運輸といった名だたる日系物流各社も、それぞれの得意分野を生かし、投資を急ぐ。
政治混乱は景気低迷の真の原因ではない
12月11日、ソムマイ財務相は2014年のタイ国内総生産(GDP)の成長率が1%に届かない可能性があると述べた。タイ政府は今年に入り、見通しを4度に渡って下方修正。1年前の2014年の成長率見通しは4.0〜5.0%だった。多くの人は「上半期まで続いた政治の混乱が原因だろう」と思うだろうが、それほど単純な話ではない。
昨今のマクロ経済動向を見ると、景気減速は政治混乱以前からはじまり、景気に関する総合的な指標である景気動向指数は、反政府デモがはじまった2013年11月以前から減速していたという。
つまりは、今年のタイ経済の低迷は、世界的な景気低迷による輸出の減速に加え、これまで成長を支えてきた個人消費が鈍化したことが要因と考えるほうが妥当というわけだ。日系企業トップの多くは、こうした状況を熟知している。
日の丸を背負う猛者から見えた冷静な判断と察知力
いずれにせよ、動乱の2014年は終わった。多くの日系企業のトップは、政治の混乱を意に介さず、ジッとその将来(さき)を見据えた準備を続けていた。どんな状況でも冷静な判断と予見を察知する能力はトップとしての不可欠なスキルなのだろう。誰もが経済大国ニッポンの日の丸を背負い、世界と戦ってきた猛者ばかりだった。
世界が注目するASEAN。その中心であるタイは、成長過程にある。2015年も羅針盤となるトップたちの声をお届けしていきたい。