「産業革命級のインパクトを起こす」
《プロフィール》
ダイレクター
森田 啓介
もりた けいすけ
■1988年生まれ、大阪府出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、2012年3月にSpiber入社。知財、研究開発などの業務を経験後、19年6月より現職。
■座右の銘:自我作古
■尊敬する人物:橋下徹
■愛読書:お〜い!竜馬
■休日の過ごし方:1歳と2歳の子どもの子守
■バンコクの行きつけ店:ブアンケーオ
■よく見る、または活用するWebサイト:sabaijaicons.com
“夢の繊維”を作る企業と伺いました
よく「クモの糸を作る会社でしょ? 」と言われます。天然のクモの糸は強度と伸縮性を兼ね備え、衝撃吸収力に極めて優れた繊維です。ただ、当社はクモの糸の実用化のみに取り組んでいるわけではなく、「人工的にさまざまな機能を持ったタンパク質繊維を作る会社」を目指しています。というのも、クモの糸はあくまでタンパク質の一種に過ぎないからです。
実はシルクやカシミア、ウール、人毛もすべてタンパク質ですが、まったく違うものに感じられますよね。そもそもタンパク質は20種類のアミノ酸の組み合わせで構成されており、その並び方によって繊維の特性が大きく変わるのです。具体的には、肌触りや保温性、強度、伸縮性、衝撃吸収性などが大きく変化します。
したがってアミノ酸の並び方を適切にデザインすれば、各アプリケーションに必要な機能性を持ったタンパク質繊維を造ることができます。そのようなオーダーメイド型の素材を大量生産する仕組みができれば、産業革命級のパラダイムシフトが起こるのではないか、と考えています。
繊維の可能性が広がるわけですね
ただ、タンパク質の量産は至難の業なのです。例えば、クモを飼って糸を採取するのは困難を極めます。そんな中、当社は2013年、独自に設計したタンパク質を、人工的に量産する技術を確立しました。概要を説明すると、まずタンパク質のアミノ酸配列をデザインし、その設計図となる遺伝子を合成します。次にその遺伝子を微生物に導入し、発酵法を活用して、微生物に繊維の原料となるタンパク質を量産させます。その後、アプリケーションに応じて、繊維化したり、フィルムやスポンジ、樹脂などに加工したりすることで、商業利用の可能性を模索しています。
今回のタイ進出は量産化への第一歩なのだとか
そうですね。(タイ東部の)ラヨーン県にタンパク質の量産プラントを建設するため、昨年11月に現地法人を立ち上げました。現在、本社の山形県鶴岡市にパイロットプラントを持っているのですが、ラヨーンの生産能力は本社の約100倍の年間数百トン規模になる予定です。これで商業利用が加速化すると期待しています。今は現地スタッフの採用や設備導入など、プラント稼働までの準備を整えているところです。今年半ば頃に着工し、商業生産の開始時期は21年となるでしょう。
タイを選んだ理由は
タンパク質の生産には、微生物の餌となる糖が必要です。タイにはサトウキビやタピオカなど豊富な糖源があり、量産に適した環境と言えます。それに加え、生産拠点としてだけでなく、消費市場としても魅力を感じています。実は、当社の繊維は自動車業界にも活用できるんです。例えば、電気自動車やハイブリッドカーといった次世代型車両には、炭素繊維複合材が使われるケースが増えてきており、それにタンパク質繊維を加えることで衝撃吸収性が高まるという結果が出ています。
また、ポリウレタンとも相性が良く、自動車シートの薄肉化にも貢献できる可能性があります。このようにタンパク質繊維は、自動車工場が集積しているタイで大いに活躍する可能性を秘めているのです。一方、自動車業界への普及は時間がかかるとも思っています。なので、まずはアパレル製品での商品開発を進める方針です。すでに日本では「THE NORTH FACE」のブランド展開を行うゴールドウインとTシャツの販売を発表し、年内にはアウタージャケットの販売も予定しています。
また、タンパク質自体は生分解性であるため、海洋プラスチックゴミの問題が大きく取り上げられているASEANにおいても、将来的には当社素材が活躍できると思います。そのためにも、タイでの採用を進め、生産の安定化と効率向上を図っていかないといけません。特に、化学工学系技術職など高度人材の確保が課題となると考えているので、ここには力を注ぎたいですね。