タイの近代化の父
ラマ5世とは?

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10月23日は、「タイの近代化の父」とも称される「チュラーロンコーン大王・ラマ5世」の逝去日として祝日にあたります。「チュラーロンコーン」は幼名で、「ピヤマハーラート(愛される王)」とも呼ばれ多くの国民から今でも敬愛されています。

理由として、19世紀後半、欧州の植民地拡大が進むなか、巧みな外交政策と近代化により植民地化からタイを守った第一人者であることが挙げられます。その他にも、奴隷・人民解放、タイ初の大学「チュラーロンコーン大学」の設立、王室支援奨学金制度などの教育改革、タイ初の電話事業や鉄道事業に取り組みインフレを整えるなど、タイの近代化の礎を築いた人物だといえるでしょう。

ラマ5世の有名エピソード

ラマ5世は王妃9人、側室144人と正式な子供は97人と多妻多子でも有名。当時、国の発展を鑑みて多くの子息をイギリスに留学させていましたが、現地の保護者役(後の教育大臣となる人物)から「ご子息を留学させる前にまずは自国での教育を見直すべき」との指摘を真摯に受け止め、その後本格的にタイの教育改革に取り組んだと言われています。

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