AEC発足を前にタイは大転換期を迎えた
社長 水野 兼悟
《プロフィール》
1968年生まれ。石川県出身。慶応大学、東京大学大学院卒業。1992年入社、マニラ支店長(2006~2013年)を経て、2013年野村総合研究所タイを立ち上げ、社長に就任。現在に至る。
AEC発足を前に、タイは大転換期を迎えた
—現地法人立ち上げは2013年ですね
アジア開発銀行向けのサービスを提供してきたので、本部のあるフィリピン・マニラへの進出(1997年)が先行し、タイ・バンコクは遅れていました。2015年発足予定のAEC(ASEAN経済共同体)を前に、「この機を逃すわけにはいかない」と設立したわけです。—AEC発足は、それだけインパクトがあると……
すでに関税はASEAN10ヵ国のうち、6ヵ国間で、ほぼ撤廃されています。AEC発足により、ヒト・モノ・カネの流れが活発化することが予想されるなかで、サービス業への緩和がどこまで進むのかに着目しています。—現在の事業領域は
大きく分けると、調査・コンサルティングサービスとシステム開発の2本柱です。現在は、日本の政府機関や前述のアジア開発銀行といった公的機関の委託事業や、タイ進出を検討する日系企業からのコンサルティング業務が多いですね。例えば、新規事業や新サービスなどの新事業領域への参入を前に、同地の規制や市場動向・競合相手の調査といった現実的な情報です。他には、AEC発足に備え、タイを中心とした地域統括機能の検討や事業ポートフォリオの再編などの相談もあります。—タイのトレンドについてはどうですか
これまでタイは、外資系企業を受け入れることで、タイに進出した外資が雇用と輸出を創造し、技術を伝えてきました。逆に、タイは土地と比較的安価な労働力、整備されたインフラ基盤を提供することで発展してきたんです。1985年のプラザ合意以降は、円高が進むと同時に日系企業の進出が続き、これまで約30年間、ASEANの優等生として成長してきたわけです。2015年は転機だと思っています。 ご存知の通り、タイでは少子高齢化が進み、労働力が不足。日本との違いは、現状は陸続きの周辺国からの単純労働者の流動を受け入れ、支えられています。ところが、AEC発足により、周辺国が成長すると労働者は自国へ戻りはじめます。そうなれば、これまでの成長モデルからの転換を迫まられ、極めて大きな転換期を迎えるでしょう。もちろんタイ政府も投資政策を改め、産業の高度化(付加価値)を目指しはじめています。—タイは変わりますか
一朝一夕とはいかないでしょう。事業を高度化するにはR&D(研究開発)を強め、人材育成を図らなければいけません。基礎教育を高めるには、校舎や設備といったハード面への投資の他、教師や教材などのソフト面への投資も必要となります。—日系企業にとっても転換期ですね
そうですね。M&Aやタイ企業と組んで、AEC域内を見据えたビジネスモデルを検討しなくてはいけません。ただ、足元のタイだけを見ても、悲観する必要はありません。地方の都市化が進み、都市と農村の人口分布率も拮抗する方向となっています。都市化が進めば、人々の消費や生活形態も変わり、高齢化を迎えるとアクセスが至便な医療を求め、都市への流入が増えます。 今後、地方においてもサービス業への需要が高まるのは必至ですよ。あとは、GDPに対する微税率を上げ、地方や低所得者層への再分配が必要でしょう。弊社としても、タイ政府に対する提言を増やすなかで、法律や制度設計、規制緩和へとつなげ、日系企業のビジネス環境の整備へと結びつけていくことができればと思います。—タイ法人の設立は水野社長が提案したと聞きました
タイに赴任する前はフィリピンに7年いました。同国からASEANを見ているうちに、「AEC発足後は、交通の要衝であるタイが中心となることは明らか。そこに身を置くことは重要だ」と考え、社内提案を経て設立にこぎつけました。—タイはどうですか
最初に抱いたのは、「タイ人って歳をとっているな」でした。フィリピン人の平均年齢は23歳、それに比べてタイは34歳と10歳以上の差があるんです。しかも、タイの合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子どもの平均数)は日本と同じ1・41人。こうした数字からも、タイは転換期であることが伺えます。 ただ、タイが日本やフィリピンと大きく違うのは、島国ではなく、陸続きの周辺国を含めた事業展開や資源を活用したビジネスの創出が考えられ、非常に魅力的な国ということです。人材に関しても優秀なスタッフが集まりやすく、弊社の事業拡大におけるプラス材料となっています。—野村総研とはどんな会社ですか
上下関係や組織の縦割りを気にせず、自分のやりたいことが実現できる会社です。タイ法人設立がその証拠ですよ。編集後記
「野村総合研究所」。緻密な情報収集の後に、問題を先取りして解決策を導き、具体的な策を実施・運用するのがシンクタンクの業務。時には政府へ提言し、制度自体を変えて、ビジネス環境を整える。意外なのは、“タイ”進出が2013年と浅いこと。とはいえ、そこは高度な専門知識集団。AEC発足後を見据えた情報収集・解析に余念はない。現法設置を提案し、自ら立ち上げた水野氏。タイに降り立ち「平均年齢が高い」と肌で感じる洞察力には感嘆した。(北川 宏)