タイにとって、最も大切なパートナーである日本の力は不可欠
工業化を司るタイ工業省は、アジアの“製造大国”にまで成長したタイの主要官庁だ。約6000社の日系企業がここタイで事業を継続する上で、同省の今後の政策は気になるところ。そこで、スリヤ工業大臣に日タイ関係の現在と未来について聞いた。
日タイの企業連携を目的としたジャパンデスク 開設から10年が経ちました。
ジャパンデスクは、日タイの企業連携促進を目的として、2009年にタイ工業省、日本貿易振興機構(ジェトロ)、国際協力機構(JICA)によって設立されました。過去10年間、タイ工業省振興局が中心となって、日本の中小企業へ積極的に進出を促してきました。その結果、日本の21県から約500社が、進出や販路拡大などタイとの結びつきを得ました。
投資額としては約700億バーツ(約2,500億円)です。ジェトロ・バンコク事務所によると、ジャパンデスク開設前(08年)の3884社から17年には5444社(40%増)に増え、このうち中小企業は1024社から1859社(約80%増)に増えました。今では、タイに進出する日系企業は6000社を超えるまでになったそうです(ジェトロ調べ)。
具体的にはどういった企業が進出したのでしょうか
主にエレクトロニクス企業と、タイの中心産業でもある自動車関連部品の企業ですね。タイにとって、日本は最も大切な経済パートナーであることは言うまでもありません。その証拠に、昨年を除き日本はタイにとって最も重要な貿易相手国であり、直接投資国としても長年トップです。
当然、タイ工業省や政府としても、日本の投資を歓迎するとともに、最も大切なパートナーとして、あらゆる連携を図っています。何より、タイ人にとっては進出する日本企業で働くことで、収入やボーナス面で、大きなメリットを享受できるとともに、タイ王国としては、日本企業の最新技術を学べるという大きなメリットがあります。
とはいえ、昨今は米中貿易摩擦による影響を懸念する日系企業が増えています
仰る通りです。米中貿易摩擦は世界経済にも影響を及ぼし、バーツ高も相まってタイの輸出産業が打撃を受け、タイにある日系企業にも一部、マイナスな影響を及ぼしています。しかしながらタイ工業省としては、デメリットだけではなく、タイにとっては良いチャンスだとも捉えているんです。
すでに、日本企業も含めて世界中の企業が“脱中国”を掲げ、生産移管を検討あるいは進めている企業が増えています。そして、移管先を検討する上では、タイとベトナムが候補地として挙がることが多いでしょう。だからこそ、競合国であるベトナムよりも優位に立つために、タイ政府は、海外投資家の誘致を目的とした「Thailand Plus Package」という優遇策を実施しています。
これは、2021年末までのタイ進出を条件に、10億バーツ以上の投資案件に対し、5年間の法人税減税(50%)を付与するほか、進出に関わる煩雑で時間のかかる手続きを簡素化させ、手続きにかかる時間を短縮。さらには、最先端技術の人材育成に関わる投資や経費に対し、250%の特別控除(19〜20年)、科学技術分野の優れた人材の採用費用に対し、150%の特別控除を付与します。
こうした積極的な外資誘致政策が功を奏し、世界銀行が発表したビジネスがしやすい国の調査結果「ビジネス環境の現状2020」で、タイは昨年の27位から21位に上昇した一方で、ベトナムは69位から70位に下がりました。これは、タイが投資する国として良い環境であるという証拠です。他にも、バーツ高による産業への影響が懸念される中、財務省とタイ中央銀行が影響緩和策を検討中です。
ベトナムとの比較は?
前述の政策は、ベトナムが外国企業に対して、どういった恩典を付与しているか徹底的に調査した結果でもあります。タイとベトナムにおいて、労働賃金に関してはベトナムの方が有利でしょう。ただ、ベトナムは労働集約型の企業進出がメインで、高度技術を必要とする産業の誘致において、インフラや人材面でタイの方が勝っていることがわかっています。
ベトナムに進出するタイ企業からのヒアリングでは、ベトナム政府も多くの外資に対する恩典を掲げてはいますが、実際には制限や足枷が多く残り、思っていた以上のメリットを感じられないそうです。何より、日本人が住むという点では、タイには約3000店の日本食レストランがあり、衣食住で困ることはありません。それは、ワイズ読者の方がよく知っているかと思います。
日タイ関係は盤石ですね
そう思って頂けると嬉しいですね。今後、日本企業には、タイ人に最先端の技術力を伝達する人材教育・育成分野に力を注いで欲しいです。特に、ロボット技術やAIの面で、日本企業は高い技術力を持っています。人材が育てば、タイのみにメリットがあるだけでなく、タイにある日系企業の底上げにも繋がるはずです。長きに渡って日タイ関係は良好を保っています。これからはさらに深い部分で共存共栄を図っていきましょう。
タイ政府としては、技術系専門学校のサポートに力を注いでいます。例えば、次世代自動車、ロボット・自動化、物流、食品イノベーション、航空機産業などの技術職です。こうした分野に強い日本企業には、一緒になって人材育成に取り組んでもらいたいですね。
最近では、中国企業のタイ進出も増えています
そうですね。中国は人口がとても多く、マーケットも広いです。そのため、産業が発展するスピードも速く、同時に技術力も急速に高まっています。中国政府としても、中小企業支援のために金利を下げ、大企業には中小企業をサポートするよう指導しています。そうして成長した中国の中小企業が、タイに進出しているという背景があります。
ただ、日本企業はメーカーの進出に合わせて、サプライヤー企業も進出することで、強固な裾野産業を構築することで、総合的な強さがありますので、中国企業が単体で進出してもそれほど影響はないのではないでしょうか。
ASEAN首脳会議で 安倍首相と会話を交わしたと
安倍晋三首相とは、先日のASEAN首脳会議に出席した際に15分くらい言葉を交わしました。そこでは、安倍首相から「タイがさらに競争力を高めるためには、技術力の向上が不可欠ですね」と声をかけられたので、「タイの自動車部品メーカーがイノベーションを起こします」と、互いに今後の協力関係をさらに強固にする方向性を確認できました。
逆に大臣も日本へ行かれたそうですね
11月8日〜10日の日程で、スマートアグリと食品加工の視察を目的に北海道に行ってきました。そこでは、JFEエンジニアリングによるスマートアグリ工場とIHIアグリテックの2社を訪問。両社ともに、発電所や橋梁を建設する会社ですが、最近では、過去の技術を活用したスマートアグリと食品加工を手掛けています。タイの主産業である農業と食品加工は、まだまだ機械化が進んでいません。こうした分野でも日本の技術を導入したいですね。
タイの発展には、主産業のほかスタートアップにも注目したいです
デジタル経済社会省などと協力して、タイでスタートアップが生み出しやすい環境を作っています。先日、世界中のスタートアップ企業が集まるピッチ・コンテストに参加しました。参加者には、タイ人スタートアップ経営者もいて嬉しかったですね。彼は、観光客と事業者を繋げるマッチングサービスを開発しているようです。
主要産業の拡大も大切ですが、イノベーションを起こすためには、新しいアイデアが出やすい環境作りも大切です。タイ工業省としては、主産業とスタートアップの両輪サポートを続けていきたいですね。また、国内経済の成長には日本企業の力がまだまだ必要です。日タイ関係をさらに深めて共存共栄を図っていきましょう。