小型人工衛星はタイや東南アジアを救う
所長 辻 政信
《プロフィール》
1960年生まれ。静岡県出身。85年 東京工業大学(院)物理情報工学専攻修了。宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構/JAXA)入社。人工衛星と地上システム開発に従事。直前は調査国際部でアジア太平洋、中南米、アフリカ地域担当、アジア太平洋地域宇宙機関会議事務局長。2015年からバンコク事務所長。現在に至る。
将来有望なタイ。 人員増、盤石な組織構築が至上命題
―JAXAのタイでの役割を教えてください
JAXAの前身であるNASDA(宇宙開発事業団)が、1986年に現在のスワンナプーム国際空港近くに海洋観測衛星の受信局を作ったのがはじまりです。当時は、タイ国家研究評議会(NRCT)と協力し、その後に地理情報・宇宙技術開発機関(GISTDA)に移りました。現在、自国で人工衛星を保有する国は、世界約50ヵ国ですが、そのうち、自前でロケットを打ち上げられる国は、先進10ヵ国だけです。タイと協力をはじめた頃は、日本や欧米の衛星を使い、タイ国土を宇宙から観測することで穀物の生育状況や森林の状況を監視していました。タイが、自国で衛星(地球観測衛星)を保有したのは、2008年です。
―タイとの宇宙技術協力は歴史が古いんですね
そうですね。現在も大きな人工衛星は、先進国から調達していますが、タイの大学では、キューブサットと呼ばれる数キログラム程度の超小型人工衛星を作るまでに至っています。タイでは、主に都市計画や、農業・漁業に衛星が活用されています。例えば、水田の作付面積を調べ、収穫量を予測したり、あとは災害監視ですね。洪水の広がり具合を宇宙から監視して、対策を図っています。あまり知られていませんが、宇宙分野ではタイから日本も助けられているんです。2011年3月11日に起こった東日本大震災では、発生時にタイの衛星「THEOS−1」が、日本の上空を通過していたため、被災地の状況や水没状況のデータを逐一提供してくれたんです。
―安倍政権では、宇宙基本法を制定し、日本の宇宙技術を世界に売り込もうとしています
科学的な意味合いの強い地球観測衛星と、商業用の通信衛星は違うので一概には言えません。JAXAが進めているのは、地球環境監視分野での国際協力でしょうか。例えば、北極圏の氷がどのように減っているかや、自然災害時のハザードマップの作成などです。
―日本は自然災害大国ですが、タイでも洪水があり、そうした面で協力はあるのでしょうか
1年ほど前に気象衛星「ひまわり8号」を打ち上げ、そこで取れたデータをタイの気象局で受け取り、気象状況を把握するといった協力もはじまっています。
―タイは2度目だそうですが
1度目は、92年で、前述した受信局を設置した後のデータ処理施設の設置がミッションでした。約1年半でしたね。現在は、空港ができたので受信局はシラチャーへ移りました。当時は、バンコクから毎日のようにラッカバン(受信局)へ通い、隣接するキングモンクッド工科大学で昼食をとるのが日課でした。空港ができる前でしたので、アンテナの方向を合わせに2キロ先の照準装置に行くと、ヘビに囲まれるといった経験もしました。当時は、衛星がタイ上空を通るかの情報を得るのに、雨で通信(電話)回線が落ち、データ転送ができなかったり、ネズミにケーブルをかじられるなど、今では考えられないハプニングが発生しましたよ。
―時代の変化を感じますか?
街並みはガラリと変わりました。それ以上に、当時は日本側が指導する立場でしたが、現在はパートナーとして同じ立ち位置なのがうれしいですね。今ではタイが隣国のミャンマーに指導するといった風に成長しています。個人的には、若いころ、新興国や発展途上国に役立つ仕事をしたいと思っていたことから、2年ほど休職して、JICAの青年海外協力隊(1989〜91年)で電子工学の先生をしたこともあるんです。そうした意味でも、タイ赴任は自分にとっても合っていますね。
―趣味も宇宙に関することだそうですね
これも前述しましたが、キューブサットに非常に関心がありまして、タイの大学の研究者とも時々会います。10センチ四方の衛星だと数百万円で作れ、小型自動車と同じくらいの費用で打ち上げることもでき、JAXAが打ち上げるロケットに相乗りさせて、宇宙で放出してもらうんです。活用方法もたくさんあり、船の動向監視、つまり位置情報を地上に飛ばして、それがビジネスにもなっています。ご存知の通り、スマートフォンの普及で、小型電子部品が簡単に、低価格で手に入るようになりました。小型衛星は、宇宙技術の活用法のひとつとして、大きな流れができつつあります。それにより、いままで保有できなかった途上国でも、衛星活用が広がり、農業発展や災害防止に役立つと自負しています。
編集後記
惑星探査機「はやぶさ」が、約7年という宇宙飛行の末、惑星から微粒子を持ち帰るという偉業を成し遂げたのは記憶に新しい。取材した際、JAXAには、宇宙開発による人類や地球環境に役立つ研究をしている方が多くいることを知った。辻氏もその一人。発展途上国でも打ち上げられる可能性の高い「キューブサット」の研究は、まさに“国際協力”。同機構が、それほど多くの海外派遣員を出さないなかでの2度目の赴任。同氏の志が、タイの発展に役立つとの判断からだろう。(北川 宏)